Blog 2021年4月
2021.04.12 12:00 PM 投稿:by スタッフ@さるハゲ
この前、あいちトリエンナーレの補助金不交付が決着したね。しかしあの騒ぎにはビックリしたなー。
一番ビックリしたのは「不快なものを見せるな」という意見が多かったこと。
あくまで自分の個人的なとらえ方だけど、ボクは美術館のこと「サファリ」だと思ってた。


つまりできるだけ野生のままを観る体験。
昔アフリカに行った時、なだらかなサバンナのそこかしこにヌーの死体が転がっていた。だけど誰も不快だから取り除けとは言わないだろう、それがありのままの姿だから。 

人間て洞窟の壁画から始まりホントにいろんなものを作ってきた。 
当然中には残酷だったり不安をあおったりするものもある。だけどそれも人間の創造の歴史の中で大切なピースなのだ。それは誰かの好き嫌いや多数決で簡単に決められるものじゃない。

美術館で出会えるのは、サファリで言えば象やライオンといった誰にでも分かるカッコいいものから、専門家にしか分からない貴重な種や進化の先端にいるものまでさまざまだ。 

理解できないもの、不快なものもあるかもしれないけど目をそらすのはもったいない。 

楽しい動物だけ見たい人はサーカスにいけばいい。優れた作品は混沌とした時代を絞るように、蒸留するように、一滴一滴生まれてくる。 

今ボクが観たいのは、この災厄の日々から生まれる美しく獰猛な一枚だな。 

中日新聞 夕刊 2020.4.6 掲載
2021.04.05 12:00 PM 投稿:by スタッフ@さるハゲ
今、どのメディアも世界中からのコロナのニュースであふれてる。
 医師たちの自らを元気づけるようなダンスや、皆が励ましあう様子など「人間ってやっぱりいいな」と思えるニュースの一方、買い占めやそれに伴う諍いなど、人の本性を暴くようなニュースも流れてくる。


そういえば昔「鬼か仏か?」みたいなテーマのマンガを描いた。食えない中年のミュージシャンが街頭でライブしながら「仏として死ぬか?鬼として生きるか?」を自問するマンガだった。
歌では食えない、もうこの歳では働き口もない。このまま真面目な良い人では生きられない、人を騙したり人から盗んだり、悪人になってでも生き抜くべきだろうか?みたいな短編だった。

日本人は震災の時でも暴動など起こらなかった一方で自殺者が多い。 
鬼になって人を傷つけず、良い人のまま「仏として死ぬ」ことを選ぶ人が多いのかもしれない。なぜだろう? 

良い人だという評判が他国より重要なのか? 
豊かさに潰されて「死」に対する本能的な反発が薄れているのか? 
だいたいホントに身に危険が迫ったらどこまで「仏」でいられるだろう? 
ただの「トラブル嫌いの臆病」な自分はそんな時どうなるのか? 

このあとコロナがどんな苦難を強いるか見当もつかないが「鬼か仏か?」などという選択をつきつけられる場面だけはマジでご免だ。

中日新聞 夕刊 2020.3.30  掲載